店舗持ちをやめたスコーン専門店・東京スコーン店長の日々雑記
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ぷちコラム
なんか、いっぱいになっちゃったなー

◆別れに、泣いた。

◆ゆきちゃんの改装住居お披露目会。となりのとなりのそのまたとなりあたりに座ってた人が、結構なレシピ本の有名人だったりしたらしいのだが、「ふうん」で流してしまった。スミマセン、世間知らずで。

◆あんまり、同じ系統のワールドの人に興味がないのです。人がどんなものを作ってるかとか、あんまり気にしない。大事なことは、自分がどんな表現をしたいか、なので。

◆わからなければ、話し合う、確かめ合う、語り合う。いいモノを作っていこうとするならば、必要だと思うんだけど、どうもそれができない。ことばのやりとりの途中で勘違いが生まれたり。いろんな思いやとりくみを、そして「しょうがない」のひとことで片づけなければならなくなる。その空しさはことばになんて、できない。

◆自分がある意味オピニオンリーダーであることを自覚していない作家さんが多い気がする。

◆15年以上前か。眠れなくて眠りたくて毎晩バーボンをあおって、朝は目覚めるためにコーヒーをがぶ飲みする毎日だった。また、同じようなことをやってる。でも、今はコーヒーをがぶのみしたくないな。もったいなさすぎる。

◆あるカップのテスト結果を放棄することになった。結果はお蔵入りにする。

◆解ってくれることのほうが、奇跡。
 だから解ってくれないことには、慣れっこだ。
 そう言えるようになったのは、
 わかってもらったという体験があるからだ。
 うすっぺらい部分の理解ではなくて、
 深くて大事な、心の琴線のひとつをちゃんとわかってくれた、
 と感じることができた記憶。
 その奇跡を人生の中で知ることができた自分は、幸せかも。
 でもかなうならば、
 これからもそういう奇跡が自分の近くで起こり続けてほしい。
 わかってくれてると感じることが、
 どれだけ自分に安らぎと自信を与えるかと思うと。

◆自分を分かってもらうために、何か表現を求めた。そのひとつがスコーンだ。

◆お店を持ちたくて目をうるうるさせてる人とは、ちがうのです。

◆創業の経緯が違うので、そのずれが店舗運営に出てしまう。しかしそのずれが許せない人がいるようで、しかも耳に入ってくるからむかつく。そして、がっかりしてしまう。そういう単純化と二元性的な見方、いいかげんにしてくれないかね、と。

◆ミスチルも言ってるではないか。「白と黒の間にある無限の色が」なんたらかんたらと。

◆自分に興味のない人に誠意を見せてもなんも感じてもらえん。過剰包装みたいなものだから、そういうことに時間とかお金を費やさないようにしようと思う。ただし、自分なりに義理は果たす。それは他人がどうこうではなくて、自分のありようを、自分に確認するための作業だから。

◆オープンして、5分で完売ってどういうことよ、って思った。とりあえず確保、っていうカンジで買っていかれるのって、ほんとうにほしい器を手に取っているとは思えない。こういうのって、「人気」というのだろうか

◆10月からたてつづけに映画を見ている。近くのレンタルやが50円とか、80円とかで貸してくれるから。経営的な目で見てしまうと、「大丈夫?」と思ってしまうけれど、自分目線で見れば娯楽を与えてくれるありがたい存在。

◆休みの予定、週2回だったが、今は週1回。地域の浸透を狙うためには、本当は休みなしにしたいけど、ひとり経営ではそれは無理。週1でも大変。週1の休みのときには、仕入をしているのがほとんど。あとは棚の工事。実際には休みなんて、ないのです。

◆そして、年末になる。年が明けたら、融資の返済がはじまる。それまでに経営上どれだけ自信を持つことができるか、という大事な半年の最後の月が12月になる。自分の場合、その半年のうちの2か月は、工事に削られてしまった。4か月もひとり工事をしたことは、大いなる後悔でもあるが、その当時の選択肢としてはそれしかなかった。身一つでこの地に来て、助けてくれる人なんていないのが当然の環境だったし。だから、20人以上も工事を助けてくれて、融資の資料作りにアドバイスをくれてってなったのは、ありがたいなんて一言で済ませられないほど感謝してる。